
新宿の太古の太陽

アパートのあった新宿7丁目の路地
コルビュジエの窓 / お彼岸のトポロジー
ル・コルビュジエのシュタイン邸(ガルシュ)の初期案のスタディスケッチです。
ある領域を境界で囲むことが建築の原初の在り方だとすると、その境界が内部と外部の関係をつくりだします。
コルビュジエの「窓」はその境界のこちら側から、むこう側を眺める、不思議な孔のようです。まるで映画のスクリーンみたいに。
このスケッチでは、とんでもない「建築的プロムナード」が描かれています。内部に入ったと思ったら、窓のむこう側の世界と同じ空が頭上にも連続しています。屋根が朽ちた廃墟に入ったみたいな不思議な感じ。そして、その境界を、内と外を行ったり来たりさせられる動線。
お彼岸は、ちょうどその境界の上に立ったときの、内部でも外部でもなく、図でも地でもなく、プラスでもマイナスでもない、それらが地続きになる日なのかもしれません。
(ル・コルビュジエ 作品集 1910-29 の図版に一部 着彩)

「言ってみれば斜路はこの不思議な窓のためにあったということですね。一枚の壁にただ穴が開いて外が見えるだけですが、でも外部化された窓というものは不思議です。窓の向こうには別の世界が見えているのかもしれない。・・とにかく、この穴は一体何だろうかと考えさせられることが僕には非常に面白い。これも映画みたいですね。(鈴木了二 リアリテ ル・コルビュジエ より)」
オイルショック
訂正可能性の哲学

当麻寺(當麻寺)の土塀
上京の際には連絡して、いつものお店で待ち合わせます。小林さんは窓際のカウンターに居て、大体1時間おしゃべりします。
僕は小林さんの視点がとても好きです。
奈良の当麻寺(當麻寺)の土塀。かなり古い時代のものだと思いますが、上塗りがかけられることなく偶然残った藁ボウキの荒らし目(写真)。下塗りなので本来ひとの目に触れない仕事なのにどことなく波を連想させるパターンの美しさがありますよね。(近年上塗りがかけられたと聞きました。残念です、、。)つまり美意識があるように見えます。小林さんはこのようなプロセスのなかの美しさを言葉にできる方です。
無名のもの、名も無きもの、ただそこにそのようにしてありつづけるもの。
街角のモダニズム
大東体育文化センター
敷地のレベル差を積極的に使った計画

三刀屋バスセンター

旧吉田村コミュニティセンター

幡屋交流センター

旧大東町役場。
おそらくラーメン構造ですが、縦横見付を揃えた細い壁構造のような縦のラインも見せています。(テラーニ?)正面はラーメン(+細く見せたフレーム)とガラスブロックなどの開口の組合せ。敷地のレベル差。

旧横田町 定住促進センター
設計 田邊博司(レーモンド設計事務所)
建築家 田邊氏は旧横田町の出身。
撮影時期はいずれも2021年頃。(現存しないものが含まれます。)
追記:私のfacebook同記事に対して内田 祥士先生より下記のコメントをいただきました。
「宇田川さん
御存じの通り「耐用年数」というのは、本来、「法定耐用年数」と云う税制用語で建築術語ではありませんでした。それが此処まで汎用化した責任は、学会にもあるので私達も自覚すべき問題ですが、近年の「持続可能性」を念頭に論じれば、適切なリサイクル期間を含めて日本の川岸に、同量の砂と砂利が溜まる迄と云うのが客観的だろうと私は考えています。因みに、木造であれば、最低70年程度(苗木から伐採迄)になりますね。
日本建築学会は、通常の仕様であれば、60年以上と公式に報告書を出していて、研究者は「以上」を入れる事で所有者責任を示唆し、地方公共団体は60年を契機に建替努力をしています。
難しい問題ですが、この基準では、「通常の仕様=国土交通省標準仕様書+特記」になります。ひどい話ですが、これが現実です。地方公共団体の側から見れば、法定耐用年数に至ってから、学会の報告書迄持ちこたえたと云う主張になります。
因みに、私の認識では、原子炉覆屋は標準ではなかったと思います。
地方公共団体が、所有者責任を負いながら、長期使用に踏切る爲には、相当な覚悟が必要ですが、建替が難しくなれば、市場がそれを要請するだろうと思います。
長くなりましたが、都内の学校校舎でも、耐震補強を施した上で、60年以上使用している例が相当数ありますから、営繕の成果を「以上」の糧にし、60年以上の方向へ、徐々に転換しつつあると考えたい処です。」
