走ることについて語るときに僕の語ること

村上春樹著「走ることについて語るときに僕の語ること」を読んだ。

1978年4月1日、神宮球場。熱心なヤクルトファンだった村上はビールを飲みながら独り外野席に座っていた。
「晴れわたった空と、緑色をとり戻したばかりの新しい芝生の感触と、バットの快音をまだ覚えている。」
村上はその瞬間小説家になることを思い立ったという。

「川のことを考えようと思う。雲のことを考えようと思う。しかし本質のところでは、なんにも考えてはいない。僕はホームメードのこじんまりとした空白の中を、懐かしい沈黙の中をただ走り続けている。それはなかなか素敵なことなのだ。誰がなんと言おうと。」

村上春樹の小説はへたくそだと思う。
でも小手先の技術ではなく、自分の底のほう、無意識まで降りていき、そこで命がけでつかみとってくる文章だからこそ、言葉を超えて、世界中で読まれているんだろうと思う。





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走ることについて語るときに僕の語ること








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