奥出雲 冬の夕昏

奥出雲 
冬の夕昏、薄曇りの空の光。
ぼんやりとした陽の光が雲を透かし、ゆっくりと雪と一緒に降っている。車道を自動車が走るとチェーンの鳴る音、タイヤがアスファルトに残るシャーベット状の雪を散らしていく音が聞こえる。
ビニールの傘越しに空を見上げる。ぼんやりとした太陽の光が見える。
小学校の帰り道、空に向かって口を開けていると、ぼたん雪が頬や舌の上に降りてきて、つめたいような、やわらかいような感じがした。そうして空を見上げていると、安心していたはずの頭上に、もうひとつの世界があることに気付く。
その空の奥行きに吸い込まれそうな、少しだけ恐怖心に似た感覚を覚える。
あの遠い奥行きの彼方で生まれ、ここへ降りてきたのか。
そういう子供の頃の記憶を辿ってみると、もう何年もの間、空を見上げてない気がしてくる。



冬の夕昏は境界面があいまいになる。
山の頂から尾根沿いの田んぼ、竹林から民家の屋根、電柱、アスファルトの道路やガードレールの上まで雪に覆われ、ひと続きになっていく。山の頂はまた、うす曇の空と境を無くしていき、溶け込んでいく。
そうするうちに、だんだんと陽がおちてきて、まばらな家々の窓に灯がともりはじめてきた。
そういったすべてのものがひと続きになる、雪に埋もれた、冬の夕暮れ。
むこう側とこちら側が地続きになる不吉さのような郷愁のような不思議な感覚。
むこう側とこちら側、あの世とこの世、彼岸と此岸、自然と人工。そういったものの境界があいまいになってくると、途端に自分の位置が宙ぶらりんになっていく。自分がどこにいるのかわからなくなる。
遠近法的な世界の把握がむずかしくなったとき、これが「風景」というものかな、とふと思った。

家から見た風景 島根県奥出雲町