小林さんへの返信

小林 澄夫 様
前略
「詩集 東北レイクエム」を送っていただき読ませていただきました。
今回もうちのおばあちゃんも読みたいと言って興味深く読んでいました。
発行数も限られたこのような貴重な本を送っていただいて本当にありがとうございます。
本来すぐにお礼を送るべきところを、何か僕も書きたいと思って結局何も書けないまま時間だけが過ぎてしまいました。
 少し前になりますが、朝のニュース番組(サンデーモーニング)で取り上げられていた津波の被災地と地名に関する考察が面白かったので、ここにその概要のメモを記します。



石巻市渡波(わたのは)地区・・・何度も荒波が打ち寄せていた所。砂が堆積した地層で津波に弱い。都市化した為、海が間近にあることを忘れてしまったのではないか。
仙台市 若林地区(海から離れた内陸部)にある浪分(なみわけ)神社・・・慶長の大津波津波の先端部。津波の押し寄せる境界をしるし、子孫に戒める為に建てられたのではないか。
カマという地名は津波が大地を「かむ」という意味ではないか。このカマがつく地名が被災地及び日本全国に数多く見られる。岩手の釜石(かまいし)、宮城の塩竃(しおがま)、神奈川の鎌倉かまくら)(鎌倉は13世紀の100年間だけでも7回の地震津波の記録があるそうです)。
オナ・・・男浪(おな)→荒々しい浪。津波が来たことを意味する。宮城 女遊戸、女遊部 岩手 女川 福島 小名浜など。

福島第一原発の建つ「双葉(ふたば)郡」。明治29年までは「標葉(しめは)郡」と「楢葉群」の二つの郡だった。しめはという地名には結界をはるという意味があった。津波に浸食された土地に結界をはって守る。
しかし、このしめはという地名は明治の郡統合で消え、しめはという地名が消えてから71年後にその土地に福島第一原発の建設が始まった。




地名の由来は諸説あるわけで、必ずしもひとつの意味に確定できるものではありませんが、長いスパンでその場所の記憶を伝える力を感じます。
例えばオナなどは「女」という文字が使われることが多いようですが、その意味を調べると「穏やかな」ということです。しかし、オナには矛盾したまったく逆の「男浪(荒々しい浪)」という意味が隠されているのは興味深いことだと思いました。こうした矛盾、不条理をあたりまえのこととして世界を捉えていた先人のほうが広い視野を持っていたような気がします。むしろ、なにかを矛盾なく説明できることが正しいとすることが、近代以降の人間の近視眼的なご都合主義にすぎなかったのかなとも感じます。
今回政府や保安院、電力会社から度々聞かれた「想定外」という言葉。そもそも自然環境を「想定」できるものと考えること自体おこがましいことですよね。
平成の市町村統合、新たに開発されたニュータウン。古い地名は忘れられていき、イメージアップや目先の利益の為に次々と新しい「地名」が生まれています。

地名とはその場所で人間が生きてきた集団的記憶の手掛かり。

「地名は風景の中の唯一の存在の手掛り。
言葉の生まれた場所で言葉は祝福されるというのが正しいのならば、地名だけが風景のなかで傷として痛みを負うものとなる。
そうではないか・・・地名すらが時代の速度の中で漂いはじめたとしたら、言葉は存在をつかむ手掛かりとして、時間に投錨するものとして魂を出逢いの場所へ導くことはないのだから・・・。」
(小林さんの日本風景批判序説から)

地名とは無名のことでは無かったか。アドレスを持たない小林さん。地名は小林さんのアドレスであり、その無名性を歓待の風景を呼ぶ。

これからも詩を書き続けてください。そしてお体をご自愛ください。またご一緒にビールでも飲める日を楽しみにしています。